風に靡く、地平線の雑草

JKです。趣味は独りで寺社巡り。喫茶店で読書をするのも好きです。

ひねくれ者が、自分自身について若干考える記事

わたしは、ひねくれています。

 

今日家族に言われて、再認識したことです。

 

なぜそんなことを言われたのかというと…

 

〜外食先の店での会話〜

家族:「この料理は保存料も着色料も無添加ってメニューに書かれてる!良いじゃないか!」

私:「じゃぁ他の添加物、例えば人工調味料とかは使われてるってことか。」

家族:「○○(私の名前)はひねくれているね。」

 

  とまぁこういうわけです。別に私は捻くれているねと言われたくてこんなことを言ったつもりもありませんでしたし、場の雰囲気を乱したくて言ったわけでもありませんでした。無意識のうちに事実を口にしていただけでした。

 

「捻くれ者」とは広辞苑によると、「性格がねじけていて素直でない人」という意味らしいです。自分のことだと思うと、何だか悲しくなってきます…

 

そういえば、以前も何かの時に「あなたは捻くれているね」と言われた覚えがあるので、私は結構重度の「捻くれ病」かもしれません。

 

今思い返すと、「料理を選ぶ」というわくわくした時間に「添加物が入っている」というあまり好ましくないことを言うことはその場にいる人すべてを不快に思わせることだとわかります。私の家族よ、ごめんなさい…。何でこんなことを言ってしまったんだろう?

 

…。

 

多分、それは私が若干話せるようになったからです。

私は小3くらいの時から吃音でした。小学校の時はまだマシで、普通に同級生とも話せていて、たまに吃るくらいでした。

しかし、中学生では何故か吃音が悪化し、人と話すのは結構大変でした。こんにちはが言えない、大丈夫が言えない、バイバイが言えない…、とまぁそう言った感じでした。吃ることは怖かったです。中学生時代はそういうこともあって、殆ど友達はいませんでした。右手の5本の指で十分足りるくらいの数です。

そして、高校生にもなると吃ることに慣れてしまい、無意識のうちに吃ることができるようになり、人との会話があまり苦にならなくなりました(今だけかもしれないですが)。もちろんクラスの友達は0ですが、自分の意見はしっかり言えるようになりました。

 

こんな感じで私には殆ど友達がいなくて、社会的な能力(?)があまりありません。だから、多分空気が読めていません。(今さっきまで無自覚でした。さっき漸く自分はKYだと気付きました。)でも、今まで私はそのことに気づかず、最近は自分の思ったことをよく考えもせず、誰かを不快にさせているとは考えもせず、口にしていました。

 

私は小学生の頃から黒縁メガネをかけていました。その頃から私は自分に都合の良いように歪められ、黒い淵で囲まれた世界を見てきました。私の視野は限られているとも気づかずに。

 

もしかしたら、限られた視界の世界で生きていたので、無意識のうちに人を見下していたのかもしれません。だから、他の人が空気を読んで言っていないことを、自分しか気づいていないと勘違いして、偉そうに言っていたのかもしれせん。捻くれ者と言われることを無意識のうちに喜んでいたのかもしれません。最悪ですね。

 

吃音を恐れている時はあまり口を開きませんでしたが、吃音と向き合えるようになると本性が出てしまったのかもしれません、無意識のうちに。

 

どうやったら、ひねくれ者で無くなるんだろう?どうやったらこんな自分を変えられるんだろう?

 

そう考えていたら、思いついたことがあります。「ひねくれ者のまま生きよう。」いや、「捻くれた心はそのままにして生きよう。」と。

 

本性は多分隠しても隠しても隠しきれません。だって、無意識のうちにも出てしまうのが本性ですから。

 

でも、その代わりに隣人を大切にしようと思います。そばにいる人、私と話をしてくれている人など。私の人生において、時間軸と空間軸を同じくする時間を持つことができ、私と話すことの出来る人は世界の人口約72億分の2,000もいないと思います。そう思って人と接したら、その人と一緒にいることができる時間が貴重な時間に思えて、心の中で捻くれたことを思っても、自分の中で抑えられる気がします。捻くれたことを言う時間があったら、もっと希望に満ちた温かい言葉を言いたいと思います。

 

自分の中のとある要素を隠すのではなく、自分に新たな要素を加えることで、少しは今の状態が改善されるのではないかと思います。捻くれたことでも、暖かな言葉で言えるような人になりたいです。

先の例でいうと…

家族:「この料理は保存料も着色料も無添加ってメニューに書かれてる!良いじゃないか!」
私:「じゃぁ他の添加物、例えば人工調味料とかは使われてるってことか。」に「保存料とか着色料は入っていても味は変わらないから私たちにとってあまり関係はないけれど、もし調味料が入っているのなら、それは料理考案者が私たち食べる人に美味しいと思って欲しいから入れているんだよね。私たちの笑顔を考えてくれている証拠だよね。」を加えたりすればまだマシかもしれません。なんか不自然ですけど…

やはり、難しいですね。

 

 

あぁ、KYな自分を卒業したい。しかし、よく考えてみると、私のイニシャルはK.Y.です…。やはり私は一生KYを卒業出来ないのかもしれない…。

悲しみに暮れる、地平線の雑草であった。