風に靡く、地平線の雑草

JKです。趣味は独りで寺社巡り。喫茶店で読書をするのも好きです。

泥のついた子供〜パラドックス〜

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今日は私が面白いと思った、とあるパラドックスについて書きたいと思います。

 

Q 子供たちが幾人か大きな円の形に集められた。みな自分の顔は見えないが、自分以外の子の顔ははっきりと見える。先生が「顔に泥がついている子が少なくとも1人います。泥のついている子は出ていらっしゃい」といった。反応がなければ、同じ声がけが繰り返される。パラドックスは以下のとおり。n人の子供に泥がついているとする。n回言われるまで誰も前に進みでずに、次の声がけでn人全員が一斉に進みでる。しかし、「泥がついている子が少なくとも1人います」といわず、単に「泥がついている子は進みでるように」とだけ繰り返すと、進みでる子どもは1人もいない。子供たちが見えているものは同じなのに、先生が何をいうかでどうしてこのような差が生じるのか。

 

 

 

ヒント

では、3つほどヒントを書きます。もう少し考えたい方は①だけ見てください。

①このパラドックスで、子供たちは円の大きさに関わらず他の子の顔が見えます。つまり、「自分の顔は見えないが他の子の顔は見える」ということです。

 

②例えば、泥のついている子供が1人だけである場合、先生が「泥のついている子が少なくとも1人いますよ。」と子供たちに言うと、泥のついている子は「泥のついているのは自分だ」とすぐわかります。なぜなら、他の子の顔には泥がついていないからです。

逆に、「泥がついていない子が少なくとも1人いる」ということを知らなければ、この子は泥がついているのが自分だとは推測できないということです。

 

③2人の場合も同様に考えてみて下さい。

 

泥のついている2人の子は、先生の言うとおり少なくとも1人の顔に泥がついているのを自分の目で見ています。そのため、先生が最初に声がけした時に、進みでる子はいません。

 

(今から、泥のついている子のうちの1人の目線で書きます。)

でも、誰も進みでない。泥のついている子供が1人だったのなら、今私が見ている泥のついている子が前に出るはずだ。…。

あー、だったら、あの子以外に泥のついている子がいるはず。

でも、私には、泥がついている子は1人しかわからない…

あ、私の顔に泥がついているんだ!

 

ということで、2人ともこういう推測をして、前に進みでます。

先生が「少なくとも1人の顔に泥がついています。」と言わないと、子供たちは誰も自分の顔に泥がついていると推測できません。

 

解決策

泥のついた子が2人という場合で考えたように、泥のついた子が「自分だ」とわかるのは、最初誰も前に出なかったことからの推理によります。2回目に言われたら、「泥のついた子が1人だけ」という仮説は覆されます。最初の声がけで、泥のついた子は、他の子が何も反応しなかったことに気づき、2回目の声がけで、泥のついた子が2人いるとわかります。

 

続いてはn人の場合です。

n人の泥のついた子は「泥のついた子は多くてもn人いる」とわかります。しかし、n-1回の声がけでn-1人の泥がついた子が前に出なくて初めて「泥のついている子は少なくともn人いる」とわかります。泥のついていない子の場合は、ちょうど逆です。はじめ、n人の泥がついた子が見えます。だから「泥のついた子は少なくともn人、そして多くてもn+1人いる」とわかります。しかし「多くてもn人」とわかるのは、n回声がけされてn人の子が前に出るのを見てからです。

 

なんかあまり答えになっていないような気もするのですが、分かって頂けたでしょうか?

4人の死刑囚の問題(帽子の色が赤とか白とかいう問題です)と若干似ていましたね。

 

因みにこの問題を解いた私の感想です。

子供たち、賢すぎる!